2026年05月31日 23:59:59まで
子ども支援
福島で「外で遊べる日常」を子どもたちに取り戻したい。子どもの居場所プロジェクト
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2026/5/28 20:00
【カウントダウン】残り3日
いよいよあと3日となりました! もう、ドキドキです…。
3と言えば、どうしても頭に浮かんでくるのは、2011年3月11日のこと。
あの日、わたしは春のお泊り会申し込みのために、福島市の高湯温泉にある、こぶし荘に向かっていました。
午後2時46分。吾妻学習センター分館前を自家用車で通りかかったその時、激しい揺れを感じました。
電信柱が激しくゆれ、車の上に倒れてくるのではと思うほどでした。
それでも、揺れが収まったので、わたしは予定通りこぶし荘に向かいました。
高湯温泉について、こぶし荘の方に、今はとにかく帰るようにと言われ、半信半疑で帰路に着きました。何が起こっているのか全くわからなかったです。
チラッと見えた、職員の方のお部屋のテレビには、何かの建物に考えられないほど高く打ち寄せる波が映っていました。
帰り路では、大谷石の塀が崩れ落ち、
ラジオでは、アナウンサーの方が「津波が押し寄せてきます。ただちに避難してください。・・・高さ15メートルです!」と驚きと共に声を発していました。
家に戻ってみると、我が家の買ったばかりの電子レンジは落下して壊れ、重いピアノは位置がずれ、庭の石灯篭はすべて崩れていました。
仙台に通っていた高2の娘は、避難所に泊まることになり、東京の長女は危うく帰宅困難者になるところを先輩の家に泊めてもらったとのことでした。
とにかく、家族が無事であったことに心から安堵しました。
その後は…。
原発事故による放射能の影響で野外保育が続けられる状況ではなくなりました。
あれからもう15年経つのですね。
ただただ、子ども達のために自分ができることはなんなのかと問い続けて、走り続けてきたように思います。
2009年4月の創立当初、信夫山もフィールドのひとつでした。
そこにまた縁があって、戻ってきたことを思うと感慨深いです。

クラファン終了まであと3日。
最後まで応援よろしくお願いします。
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