西部講堂のバクトに合わせてクラウドファンディングをスタートさせ、そろそろ締め切りを迎えようとしています。
本をつくる
わたしにはこれがたんなることばでしかないというか、まったく想像もできなくて、まるで岩壁の前につったって、これを登る人も居るんだよなぁとかおもいながらぼーっとたたずんでいるような、ながらくそんな日々で、それは生きているときの晴ちゃんにとってもおそらくそんな似たり寄ったりの心境ではなかったかと想像します。
日々なにか気になったもの、興味をひかれたものをかきとめる。それはだれかに頼まれたことでもなんでもない、やむにやまれぬそうする意外にない、そういった種類のものだ。
人の生活の要のところ、それをとらえたいねん!
常々いっていた言葉。
いろんな話しを聞いていたはずなのに、すでにうろんになっていてなんだかじんわりとさみしい。
はるちゃんどんなひとだったっけ?
momoさんとsaoちゃんは、かく、伝える、表現する人たちだ。
ふたりと話をしていると、はるちゃんのノートから受け取ったものの深度に驚かされる。そんなことがなんどもあった。
今誰よりもはるちゃんの姿
がくっきりみえてるんじゃないかという気がした。
書かれていないページにもながれている時間があるということ。
饒舌な歌のあとに全休符がおいてあるような、しばらくのおやすみ。
旅をする人だから、みえるものがある。
かくひとだから、わかるものがある。
はるちゃんが、これをかきたいとおもったもの、伝えたかったもの、ふたりはずっと考え続けてくれている。はるちゃんだったらどうしたか。そしてわたしに的確に今できることをくれる。
岩山に登る手立てを考えて、指をかけるところ、楔を打って綱を張るように、そんなふうに、道筋を考えて助けをもとめる。
こんなふうに物事をすすめていくのだと、すすんでいくのだと。
わたしはただただ、身の回りで起こることの変化の渦がすごすぎて目を開けているので精一杯の、そんな気持ちでいたのでした。
なんといっていいのかわからない。
ありがとうだけじゃ足りないけどほかにどういっていいかわからない。
本作りたいんやろ?ちゃんと宣伝してよ!自分のことばで伝えなきゃ!なんで今ごろ引っ込み思案とか、謎の怖がりとか発動しとるん!今ちゃうやろ!
きっといろいろあったと思う。
今までわたしははるちゃんに頼って生きてきた。
でも今は、だれかを頼らないと、生きていけない。たすけてもらわないとのりこえられない。
助けてっていえたから、こたえてくれるひとが現れて、そしてここまで来られたのだ。
ありがとうございます。
こんな景色を見ることになるなんて思いもよらなかった。
そしてここから、さらなる出会いがあるのだと思うとひたすらに感謝です。
コメント一つ一つ読んで、あの人だと思う人もあり、あの人かもと思う人もあり、まだ見ぬ他生の縁のあなたもいる。
お願いがあります。
わたしは人を覚えられなくて困っているけれど、ちゃんとお礼が言いたいのです。
会ったとき、わたしを助けると思ってどうか声をかけてください。そして、わたし応援しましたよ!といってください。そしたらめいっぱいのありがとうを伝えられる。
力になってくれてありがとうございます。