KaviのOrigin Story
ゴルケ村の紅茶をお届けし始めて、1年半ですが、
KaviとKahoがそこへ辿り着く道筋は、それぞれの人生の歩みがあります。
今日は、Kaviのゴルケ村と、今の活動に至った背景をお話させていただきます。
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2019年、私は日本で働き始め、安定した収入を得られるようになりました。
経済的には安心できるようになりましたが、その一方で、精神的には少しずつ苦しくなる日々。
人生で初めて「ストレス」と向き合い、心と身体のバランスを崩しました。病気になり、手術を受けることもありました。また、仕事と生活のバランスを見つけられるようになるまでには長い時間がかかりました。周りの同期と同じように仕事ができるようになるまでにも4〜5年ほどかかり、その間は目の前のことに必死な毎日でした。
そんな日々を過ごす中で、少しずつ心に余裕が生まれ、自分自身の本当の声を聞けるようになりました。
その声は、「母国・ネパールに貢献したい」という、とてもシンプルな想いでした。
では、自分に何ができるのだろう。
日本の良いものをネパールへ届けること、日本で学びたい・働きたいネパールの人たちを支援する会社をつくることなど、さまざまな可能性を考えました。
しかし、考え続けるうちに、それらはネパールが抱える根本的な課題の解決にはつながらないのではないかと思うようになりました。
ネパールでは輸入品への依存が年々高まり、若者の海外流出も増え続けています。地域から人がいなくなり、その土地で育まれてきた暮らしや文化も少しずつ失われていく。私は、この流れそのものに向き合う必要があると感じました。
そんな頃、一時帰国の際に出会ったのがゴルケ村でした。
実は、この村とのご縁は、妹がゴルケ村出身の方と結婚したことがきっかけです。
初めて村に足を踏み入れた瞬間、不思議な懐かしさに包まれました。
そこに広がっていたのは、豊かな自然、人と人との温かなつながり、その土地に根ざしたものづくり。
その景色は、幼い頃の私が育った故郷そのものでした。
けれど、私の故郷は今、当時とは大きく姿を変えています。自然は減り、暮らしの中に並ぶものがどこで、誰によって作られたのかも見えにくくなりました。便利になった一方で、どこか心が満たされない、住みにくさも感じています。
だからこそ、ゴルケ村を見たとき、強く思いました。
この村には、このままの美しさでいてほしい。
私の故郷のように、大切なものを失ってほしくない。
この自然を、この人たちの暮らしを、この土地で紡がれてきた文化を守りたい。そして、この村の人たちが誇りを持って、これからもここで暮らし続けられる未来をつくりたい。
一方で、ゴルケ村にも課題があります。
仕事が少なく、この土地で丁寧につくられているものの価値が十分に評価されず、地域の経済循環につながっていません。
だから私は、この村の「もの」だけではなく、その背景にある風土や暮らし、人々の営みまで含めて伝えていこうと決めました。
ゴルケ村が教えてくれたのは、私自身のOrigin〈原風景〉でした。
そして今度は、そのOriginを未来へつないでいくことが、私の人生の使命だと感じています。