「10.7」がきっかけとなり再びパレスチナへ
森 佑一・ドキュメンタリー写真家
私とパレスチナとの関わりは遡ること2006年。当時、大学在学中に乗船したピースボート(世界一周の船旅)がきっかけだ。
自身の将来を模索する中、偶然ピースボートについて知り乗船したのだが、そこでイスラエル・パレスチナ問題に関するプログラムを受講。船内で中東問題の歴史を学び、ヨルダンに寄港した際にパレスチナ難民キャンプを訪ね、故郷を追われたパレスチナ人達の体験談を聞き、ホームステイを通して彼らと交流を深めた。
当時の私は、パレスチナ人やアラブ文化、イスラム教などに当時全く馴染みが無かったこともあり、難民キャンプ滞在を通して大きなカルチャーショックを受けた。それが中東問題を始めとした国際紛争へ関心を持つ契機となった。
大学卒業後は地元に戻り働きながら、将来的にドキュメンタリー写真家として国際紛争に関わる活動をしたいと考えていた。そんな中、JICA海外協力隊員(以降、協力隊)としてヨルダンへ赴任するチャンスを得た。

2015年から2017年までの2年間、ヨルダンではザルカ市の教育局に配属され、環境教育隊員として公立学校を巡回し、環境啓発ワークショップやゴミ拾いイベントなどを実施。2年間に渡る現地での暮らしを通して、アラビア語やアラブ文化、イスラム教を体験的に学び、ヨルダン人を始めパレスチナルーツの人々との関わりを深めていった。
協力隊任期を終えて半年経った2017年8月。フィリピン留学を経て、ドキュメンタリー写真家としての活動を始動。そこから約半年間、世界各地を取材して巡る中で、2018年2月に初めてエルサレムやヨルダン川西岸(以降、西岸)の地を踏んだ。約二週間かけて西岸各地を訪ね、現地のパレスチナ人たちと接する中で占領や入植の実態を肌で感じた。
その後、再びパレスチナへ足を運ぶことになったのは2023年12月。そのきっかけとなったのが「10.7」だ。当時の報道はイスラエル・パレスチナ一色で、都内でも在日パレスチナ人や彼らに連帯する人々が反戦デモを連日行っており、私自身、改めてイスラエル・パレスチナ問題に強く意識を向ける様になっていった。
それまでの私は、協力隊員としてヨルダンで2年間活動した経験から、アラブ人やイスラム教には馴染みがあっただが、イスラエル人やユダヤ教とは全く接点がなかった。「彼らは一体どの様な人々なのだろうか?」。そうした素朴な疑問や好奇心からから再び現地へ赴いたわけだ。
エルサレム、イスラエル、西岸の各地を巡り、現地取材を重ねる中で縁あって辿り着いたのがマサーフェル・ヤッタだった。西岸南部に位置する丘陵地帯で、イスラエル軍が治安と自治を管轄するエリアCに指定されている地域だ。
そこでは、イスラエル軍や過激なイスラエル人入植者によるパレスチナ人に対する暴力行為や家屋破壊、土地の収奪など深刻な問題が日夜発生していた。一方で、問題意識を持ったイスラエル人活動家やボランティアが現地でパレスチナ人と共に活動しながら支援活動を行っていた。
そんな彼らの存在や関係性が自身の印象に強く残り、この土地への関心を深めていった。
※森さんの写真は、HPのマサーフェル・ヤッタのコーナーへ⇒
森 佑一・ドキュメンタリー写真家
1985年香川県生まれ。2012年より写真家として活動を始める。2015年から2年間、ヨルダンにてJICA海外協力隊員としてボランティア活動に従事。現在は、中東を始め世界各地の紛争地へ赴き現地の実情を取材発信している。これまでの主な取材地は、フィリピン、ヨルダン、イスラエル、パレスチナ、イエメン、ウクライナ等。ライフワークはイエメン取材。
ドキュメンタリー活動に関する詳細はニュースレターにて配信中。
2013〜2014年:エフエム香川 番組アシスタント
2015〜2017年:JICA海外協力隊 ヨルダン
2017年〜現在:ドキュメンタリー写真家