こんにちは。田川教育振興財団設立プロジェクト実行委員会の北です。
先週末、福智町の高校生が韓国・泗川市を訪れました。また、今週末はその泗川市の高校生たちが福智町にやってきます。福智町が実施している「日韓交流事業」の研修の一環です。私はこの事業のコーディネートを担当しています。

※誰が何と言おうと仕事です
日韓の高校生がバディを組み、「若者が住みたくなる街とは?」を一緒に考え、最後に発表する。そのために夏から事前研修を重ね、オンラインで交流し、実際に韓国を訪れてきました。言葉も文化も違う相手と、ひとつの問いに向き合う。その時間の中で、子どもたちの表情が少しずつ変わっていくのを、すぐ近くで見てきました。
住所が違うだけで、できる経験が違う
こうした海外研修や交流事業は、今、多くが「自治体単位」で行われています。町が予算をつけ、その町に住む子どもたちが参加する。それ自体はとても素晴らしいことです。
ただ、その裏側にある現実もあります。
私の教え子に、強く留学を希望している高校生がいます。海外で学びたい、自分の目で世界を見てみたい。その気持ちは本物です。でも、その子が住んでいる自治体には、こうした事業がありません。
同じ高校に通い、同じ教室で学んでいる。それなのに、住んでいる町が違うというだけで、ある子は海を渡り、ある子はその機会にさえ出会えない。
これは誰かが悪いわけではありません。それぞれの自治体が、それぞれの事情の中で判断した結果です。でも、子どもの側から見れば、こんなに理不尽なことはないと私は思います。

※留学したい思いをみんなの前で発表する生徒
「〇〇町だからできる」をなくしたい
「○○町だからできる」「あの町は予算があるから」。そんな言葉を聞くたびに、私は引っかかりを感じてきました。
経験の機会が、子ども本人の意欲ではなく、住所で決まってしまう。私たちが財団の設立を目指している理由のひとつは、まさにここにあります。
行政の区切りや予算の有無に左右されず、「やってみたい」と手を挙げた子に、住んでいる場所に関係なく機会を届けたい。財団という形なら、町の境界線をまたいで子どもたちを支えることができます。

越境すると、「自分でもできるかもしれない」が一気に広がる
なぜ、そこまで「越境」にこだわるのか。
それは、越境した子どもたちが、まったく違う世界を見て帰ってくるからです。
地元しか知らなかった子が、海の向こうに同い年の友達をつくる。言葉が通じなくても、身振りや翻訳アプリで必死に伝え合い、一緒に何かをつくり上げる。そうした経験をした子の口から出てくるのは、「意外とできた」「自分でもいけるかもしれない」という言葉です。

言葉を話すことに不安を感じていた生徒も、交流をする中で、気持ちを伝えることの重要性、そしてその先に、しっかりとコミュニケーションをとりたい!という気持ちが、また更に語学を勉強させる気持ちになるという学びを得ている子もいました。
この「自分でもできるかもしれない」という感覚は、一度芽生えると、進路や挑戦の選び方そのものを変えていきます。世界の広さを知ることは、自分の可能性の広さを知ることでもあるのだと思います。
経験を、もっとたくさん
子どもたちには、できるだけ多くの経験を積んでほしい。そしてその経験の入り口が、生まれた場所や住んでいる町で閉ざされることがあってはならない。
「生まれた場所で、人生が決まってはならない」。これは、私たちが財団を通して実現したいことの根っこにある考えです。
今週末、福智町で日韓の高校生たちがどんな発表を見せてくれるのか。またこの場でご報告します。
田川の子どもたちが、町の境界線を越えて挑戦できる地域をつくるために。引き続き、応援をよろしくお願いいたします。
