昨年の教育フェスで、ポッドキャスト番組「Teacher Teacher」のパーソナリティ、はるか先生の講演を聞きました。ずっと頭に残っていて、財団の準備を進める今も、ふとした拍子に思い出します。
数字の向こうにあるもの
はるか先生は、不登校の子どもたちへの支援の取り組みに加えて、なぜ、不登校の子どもが増えているのかを、データに基づいた資料で説明してくださいました。
印象に残ったのは、コロナ禍を経て不登校の数が大きく増えたことです。数字そのものよりも、あの時期に社会の前提が変わったのだと、あらためて思いました。
一方で、不登校でも教育を受けられる仕組みは少しずつ整ってきています。はるか先生の取り組みにもオンラインのフリースクール「コンコン」があります。
僕の理解では、ただ勉強を届けるのではなく、画面越しでも誰かと関係を結び、社会性を身につけていく場です。家の中で一人で過ごすのではなく、オンラインであっても誰かとつながる。そのことの大きさを、話を聞きながら考えていました。
整っていないのは「環境」のほう
講演でいちばん印象に残ったのは、現代の社会状況に合った教育環境が、まだ整備されていないというお話でした。
学校に行かなくても、オンラインで学べる。インターネットで多様な情報に触れ、多様な人と交流できる。それは多様性を促しますが、同じ仕組みが分断も生みやすくしている。僕はそう受け取りました。
つまり、子どもたちが変わったというより、子どもたちを取り巻く世界のほうが先に変わってしまった。それなのに、受け止める側の仕組みが追いついていない。
そう考えると、「増えている」という数字の見え方が少し変わります。
「学校に行かなくてもいい」は、正しい。でも…
多様な生き方やあり方を認める社会になってきたからこそ、「学校に行かなくてもいい」という考え方が広がってきたのだと思います。それはひとつの正しさです。
ただ、僕にはどうしても引っかかることがあります。
子どもが成長するための大切な時間を、ひとりきりで過ごすこと。そこで、人と交わる機会や、何かを考えるきっかけを持てないままになること。
それは、本人にとっても社会にとっても、大きな損失ではないかと思うのです。
もちろん、これは僕の見方にすぎません。「学校に戻そう」と言いたいわけではありませんし、学校が唯一の答えだとも思っていません。必要なのは「学校か、そうでないか」の二択ではなく、その間にもう少しやわらかい場所があることだと思うのです。
学校以外の「居場所」
はるか先生のお話を聞いて、僕が思ったのは、子どもたちには「自分がここにいてもいい」と安心して思える場所が、学校以外にもたくさん必要だということです。サードプレイス、第三の居場所と言われるものです。
その重要性は、これからさらに高まっていくはずです。さまざまな生き方を認める社会は、さまざまな居場所を用意する責任も負うからです。
地域の大人ができること
田川教育振興財団が目指しているのは、キャリア教育から学習支援、そして不登校の支援まで、地域の大人が財団を通じて子どもたちの教育に関わっていく仕組みです。
学校の中だけで完結させない。かといって、専門家だけに任せきりにもしない。地域の大人がそれぞれの立場で、少しずつ関わる。そうすれば、子どもたちにとっての居場所も、何かを始めるきっかけも、いくつも用意できるのではないか。
まだ答えが出ているわけではありません。それでも、講演を聞いたあの日から、この問いを持ち続けています。
#教育 #不登校 #居場所