ハヤートナの事務局長の尾上光です。「パレスチナのいま」展を応援してくださっている皆様ありがとうございます。
映画「ヒンド・ラジャブの声」は、諦めないことを伝えている
チュニジア出身のベン・ハニア監督の映画「ヒンド・ラジャブの声」が上映されています。ヒンド・ラジャブちゃんの事件は、イスラエルのガザ侵攻が始まって三か月後に起こりました。事件が報道された当時、福岡市でがん闘病中の藤永香織さんのガザに住む二人の息子、ムハンマドとマッスーシは、ガザ市からハンユニスへ避難し、ようやく電話がつながり、生きていることを確認できたころです。私は、これまでの四回のイスラエルのガザ侵攻を超えて戦火が拡大することにおびえ、二人の兄弟を含むガザ230万人の人々が皆殺しになるのではと、恐怖に震えていた時期だからよく覚えています。
来日したハニヤ監督は、インタビュー記事で語っています。
「彼女の声を聞くと無力感を覚えましたが、私は無力感というものが大嫌いです。何ができるかと考え、ヒンド・ラジャブについての映画を作ろうというアイデアが浮かびました」
「無力さについての映画ですが、諦めないことについての映画でもあります」
と発言されているようです。
「無力感は大嫌い」と「あきらめない」の言葉は、事件当時の私の気持ちを思い出させます。私は、ムハンマドとマッスーシの二人の兄弟をまずはなんとか支え、それがたとえ小さくても、ガザの人々が生き延びることにつながらないかという思いを抱きました。そこで私は、ヒンド・ラジャブ事件を前後して、藤永香織著「ハヤティ・パレスチナ 夢をつなぐカフェ」復刻版を作成しようと藤永さんに声をかけ、その売上金全額をガザの二人の息子たちに送金することにしました。まずはガザの二人の息子たちと一緒に避難している人たちとともに生き延びてほしい、その思いがガザの人々に届くようにという気持ちで取り組みました。

「あきらめない」から始まったハヤートナ
二人の兄弟は、ヒンド・ラジャブちゃんの事件当時、イスラエルの拡大していく攻撃のもとで、避難してきたところにとどまるのか、またあてのない避難先を探すのか、いくら考えても「正解」のない、安全な逃げ場のない現実に翻弄されていたのです。
その後、ラファへ避難しましたが、イスラエルのラファ侵攻が迫り、再びハンユニスに戻りました。幸運にも朝、目が覚めればの話ですが、食べ物と水を求めて一日中、足を棒にして歩き回る日々が続きました。
福岡市でがん闘病中の母親、藤永香織さんとの電話では、「僕たちはイスラエルに殺される順番を待つだけ」「明日のことなんか考えられない」と暗い声で呟くだけでした。その時期に母親の藤永香織さんが二人の息子たちへかけた言葉が、彼らが明日を考えるきっかけになりました。ガザの二人の息子たちは、ガザの若者と藤永さんとともに「ハヤートナ」(アラビア語で「私たちの人生」)を立ち上げ、ガザ地区のハンユニスとマワシで寺子屋、子ども食堂(今は放課後おやつクラブ)に取り組み始めたのです。
現在、戦火で学びと居場所を奪われたガザの子どもたちが、ハンユニスでは瓦礫の集合住宅の一室の寺子屋に、マワシではテントでの寺子屋に、合計約200人が通ってきています。マワシのテント寺子屋には机も椅子もなかったのですが、つい先日、ようやく黒板が手に入りました。送られてきたテント寺子屋の様子からは、黒板のある授業が子どもたちにとってどんなに楽しいものかが伝わってきます。

知ってよかったで終わるのではなく、何ができるかをともに探り当てたい
10月10日の福岡市西新にある西南学院大学で開催される「ガザと福岡を繋ぐ市民の集い」も、私にとってはできることの一つとして準備に取り組んでいます。この企画は、ガザのマッスーシが四色の猫が戦火のガザを見つめる絵を描き、その絵に心を動かされた西南学院大学法学部・根岸陽太教授と学生さん、支援者の皆さんとハヤートナで取り組まれています。ガザからの現状報告だけではなく、ガザと福岡をつなぎ、お互いの思いのやり取りを企画しています。また、学生さん自身の企画もあります。藤永さんの「これまでの知ってよかったで終わるのではなく、何ができるかをともに探り当てたい」との訴えにこたえたいと取り組んでいます。
ガザで今も続いているジェノサイドを止めるための、小さくても、行動をともに始めるきっかけにしたいものです。
(ハヤートナ 尾上光)

マッスーシの絵「パレスチナのいま」展でも展示する予定です。
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「ガザと福岡を繋ぐ市民の集い」
日時:2026年10月10日(土)16:00〜18:30
会場:西南学院大学 2号館301号教室
参加:無料・どなたでもご参加いただけます
主催:ハヤートナ
協力:西南学院大学 学部横断プログラム「共感共苦の平和学」