移植と海中旅行実現
「おかん、やっぱり肝臓ちょうだい」母の肝臓を移植し肝硬変と闘いあと10年生きたい
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2026/1/23 12:00
Episode04|諦めようとした自分と、家族の温度差
診断を受けてからしばらく経つと、
突然の人生の変化も、
入院生活という環境の変化にも、
人は不思議と慣れていくものだと感じていました。
自分の病については、
医師の話だけでなく、
自分なりにも情報を集め、
どんな宣告なのかを調べていました。
その中で、
ひとつだけ、
明らかに普通ではない思考がありました。
私は、
もう自分の命を諦めようとしていました。
これは運命なんだろう。
調べても、通常のドナーが回ってくる可能性は低い。
1万人が待機し、年間の症例は約400件。
もし移植ができなければ、
残る選択肢は生体肝移植。
3親等の誰かから肝臓を分けてもらう。
そんなこと、
想像もしたくありませんでした。
もう40年も生きた。
ここまで来たなら、
これも運命なんだろう。
仕事も夢半ばで歯痒さはあるけれど、
今までにない世界や景色を、
十分すぎるほど見せてもらった。
この選択は、
誰かを裏切ることになるかもしれない。
それでも、
「もういいや」と、
自分に言い聞かせていました。
だから、
周囲が必死に治療の道を探し、
動いてくれていても、
どこか他人事のように見ている自分がいました。
父の
「絶対治る。若いんやから、医者の言うことを鵜呑みにするな」
という言葉も、
母の
「お母さんの肝臓、あげるから」
という申し出も、
弟の
「何かできることある?」という声も、
妹の
「死ぬみたいなこと言わんとって」という言葉も、
ありがたいとは思っていました。
でも正直に言うと、
どれも私には雑音のように聞こえていました。
治るための、唯一現実的な方法は生体肝移植。
母の腹を切ってまで生きたいとは思えなかった。
それは希望ではなく、
誰かを傷つけることのように感じたからです。
裏切って、傷つけて、
これ以上、最低な自分にはなりたくなかった。
正しさだけが、すべてじゃない。
聞かせないでほしい。
もうこれ以上、心を壊さないでほしい。
そんなことばかり考えながら、
私は、逃げるように、
運命を受け入れることを選ぼうとしていました。
まさに、自暴自棄でした。
今思えば、あれは諦めでも拒絶でもなく、
現実を直視できず、混乱し、怖くなっていただけだったのだと思います。
先の見えない暗闇の中で、消えそうな弱々しい光が、
頼りなく感じていたのです。
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