はじめに
「自分は期待されていない存在なんだ」――そんな疎外感を感じた経験はないでしょうか。
今こうしている間にも、カンボジア各地の教室で、授業についていけず取り残されている子どもたちがいます。
ポル・ポトによって教師が殺され、教育が破壊された歴史を持つカンボジア。その爪痕は今でも残っています。教師の人数や学校へのアクセスはこの20年で大きく改善されたものの、教育の質については課題が認識されつつも改善されていません。

富裕層や中間層は私立の学校や学習塾に通うことができますが、貧困層にとっては公立校が唯一の選択肢。授業についていけなくても為す術はなく、基礎的な読み書きや計算の能力を身につけないまま小学校・中学校を中退してしまうケースも少なくないのです。
そうした状況から就くことができるのは、日雇い労働や出稼ぎ労働といった不安定な仕事ばかり。また、「やればできる」という経験をしたことがない彼ら・彼女らは、困難に直面したときに「どうせ自分なんて」とあきらめてしまいがちで、貧困から抜け出すことができません。経済格差が教育格差となり、さらに経済格差を広げて次世代にも影響を及ぼしています。

職場兼学校として運営されている現在の校舎
私たちはこの状況を打開するため、貧困層の多いカンボジア農村部に「実験校」をつくることにしました。コンセプトは「誰も取り残さない教室」。学ぶことをあきらめざるを得なかった生徒が自分のペースで楽しく学び、人生を主体的に歩んでいくために必要な力を身につけられる学校です。
2024年1月のプレオープンに向けて、生徒の「学びサポーター」になってくれる方を募集します。
第15回コモンズ社会起業家フォーラムでプロジェクト概要を語る青木
カンボジアで15年活動してきた私たちが、いま必要だと思うこと

代表の青木健太(右)は2009年よりカンボジアに居住し活動を続けています
私たちNPO法人SALASUSU(サラスースー)は、認定NPO法人かものはしプロジェクトから派生した団体です。子どもや女性が貧しさを理由に売られてしまう問題を防ぐため、2008年からカンボジアで活動してきました。
まず行なったのは、農村部に女性が安心して働ける工房を立ち上げること。そして、ものづくりと並行して、それまで教育を受ける機会に恵まれなかった女性たちに向けて、読み書きや計算といった基礎リテラシーや、時間を守ること、人と助け合うこと、感情をコントロールすることなど人生を主体的に歩んでいくために必要な「ライフスキル」を学ぶ授業を提供してきました。

2015年から提供している「ライフスキルトレーニング」の一コマ

職場でもある工房でバッグやサンダル等の雑貨を製造。培ったライフスキルを実際の仕事や生活に活かし、深めます

工房で製造された商品の一部。カンボジア、日本、台湾、香港……さまざまな場所で販売されました
日本のみなさんがSALASUSUの商品を購入し温かく応援してくださったおかげで、女性たちは自信を持ち見違えるようにたくましくなりました。また、カンボジアが経済発展を遂げたこともあり、現在では人身売買はほぼ無くなりました。しかし、貧困や格差といった問題は依然として残っています。
こうした状況を受け、SALASUSUは長年取り組んできた事業を見直し、新たな挑戦を始めました。それは、カンボジアの公教育改革です。
教育の質の低さが貧困の連鎖を生む

カンボジアの公教育はこの20年で大きく改善し、1997年に17%だった小学校卒業率は2021年には91%となりました。しかし、教育の質は低く、カンボジア農村部の貧困層の偏差値(15歳時点学力)はOECD平均と比べて25も離れています。
公立学校の授業は教師が一方的に話す旧来型のスタイルで、権威主義的な考え方が強いので生徒は授業についていけなくても「わからない」と伝えることができません。貧困家庭の場合は私立校や学習塾に通うことも難しく、何も学べないまま学年だけが上がり、ときには中退してしまいます。
読み書きや計算といった基礎的な力がないので、就けるのは日雇い労働や出稼ぎ労働のような不安定な仕事だけ。お金の管理をしたり交渉したりする力も乏しいので生活も安定せず、貧困の負のスパイラルに陥ってしまうのです。
「自分には能力がないから仕方がない」「どうせ自分なんて」。授業から取り残されてしまった子どもたちが、大人になってもそんな気持ちを抱えながら生きていくことを思うと、胸が痛みます。
SALASUSUの学びの場で起こったこと

「愛される、ということを知った」。
これは、SALASUSUの工房でライフスキルトレーニングを受けた女性の言葉です。「愛される? どういうこと?」とちょっと不思議に感じるかもしれません。
彼女たちは、学校の授業から取り残される経験を通じて、ずっと「自分はこの場に必要とされてないんだ」「学ぶことを期待されていないんだ」という疎外感や無力感を感じてきたのだと思います。
SALASUSUの工房で提供してきた学びの場では、一人ひとりの学びのペースを尊重してきました。教師は生徒の「わからない」をサポートし、生徒同士お互いに教え合います。自分の意見を聞かれること、痛みに寄り添ってくれる人がいること、期待されていると実感できること。その積み重ねが彼女に「愛されている」と感じさせたのでしょう。

それまで人間関係につまずいたときに怯えて泣くばかりだった彼女は、どう対処するかを自分で考えるようになりました。
人は、人に期待された経験や、「目の前の問題を自力で解く」経験を積むことで、自ら人生を切り拓いていく勇気を持てるのではないでしょうか。
<算数の授業例>

中央の女性が教師。冒頭に課題の説明をした後は手助けが必要になるまで生徒たちの学びを「観て」います
「二桁x一桁のかけ算」
課題:「図案の色がついているマスを早く数える方法をできるだけ多く見つけてください」
「どうしたら早くマスの数を数えられるだろう?」
図案を4つに分けて……、まずは赤だけを数えて……、生徒の取り組み方はさまざまですが、最終的には「塊にまとめて」「かけ算する」という手順にたどり着き、「二桁x一桁のかけ算」という課題に向き合うことになります。
すでに0期生として学んでいる生徒たちの教育的背景は多様で、最大で8学年分最終学歴に差があります。
たとえばこのグループの3名の生徒の1名は読み書きが不得意ですが、多様な補助資料を用意することによって同じ課題に取り組むことができています。
一方で、課題が解けた生徒にはより難しい課題も用意されています。

向き合うのは教師ではなく手元の課題。隣のクラスメイトと学び合えるようにどの授業も座席は3-4人のグループで行います
説明を聞いても、資料を読みこんでも、それでも何から手をつけていいかわからない。そんなときは同じグループの生徒の回答からヒントを得たり、手詰まりを観とった教師が適切な資料へ誘導します。
時間いっぱい頭を悩ませて回答に辿り着いたときの笑顔は輝かんばかり。
「諦めずに考えきれたこと」そのものも生徒の自信へと繋がっていきます。
同じ時間の中で到達する学習進度は人によって違いますが、誰もが自分のペースで何らかの学びを獲得できる、そんな授業設計になっています。
生徒が学ぶ姿から、教師も学ぶ学校

SALASUSUの教師たち。現在は6名体制
私たちがこうした学びの場をつくるために必要だったのは、生徒に向き合えるカンボジア人教師を育てることです。
授業から取り残される痛みを知っていて、「わからない」生徒をあきらめない。「一人ひとりに学ぶ権利があり、意欲があり、可能性がある」と本気で信じ、授業を工夫しつづける。日本の教育研究者からの研修やサポートも受けながら、そんな教師を育成してきました。
この教育手法と実績が認められ、2021年からはカンボジア政府が運営する職業訓練校で、2023年からは教員養成大学とその付属の公立小中学校でも研修を提供しています。すでに活躍している現役の教師と教師の卵たちに「一方的に教える」のではなく、「生徒をよく観察する」「意見を聞く」「学び合いをサポートする」方法を伝えています。

ただそうしたときに、現役教師たちから「面白い授業だけど、日本だからできるんでしょ」「うちの学校ではできない」と言われることも少なくありません。だから私たちは、カンボジアの農村部に「誰も取り残さない教室」のモデルとなる実験校をつくることにしたのです。
教師たちがいつでも見に来て、「カンボジアでもこういう学びが実現できるんだ」と実感できる学校。生徒が学ぶ姿を見て、教師が刺激を受け勇気を持てる学校。
長らく教員養成の仕組みが整っていなかったカンボジアにも、情熱を持って「良い教育とは何か」と模索している教師たちがいます。その想いが絶えることのないよう、私たちは先生方の学びを支えていきたいと思っています。
具体的には、小中学校の授業についていけない子どもたちや、基礎的な力を身につけないまま小中学校を中退してしまった16歳〜25歳の若者が通う「補習校」として開校し、まずは約80人の生徒を受け入れます。授業料は貧困家庭でも通える金額に設定し、奨学金も用意しました。
私たちは本気で「誰も取り残さない教室」を実現するため、まずは年間70名の教師の継続的な研修を実験校内外で実施し、ここでの学びをカンボジア全土に広げていきます。そのためには、みなさんの協力が必要です。






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みんなの応援コメント
やまげん
2023年11月23日
ほんの少しですが、力になれればと。応援しています!
yaaya
2023年11月23日
基本的なプロジェクト!是非実現させて!
まん
2023年11月23日
微力ながらこの活動を支援します!