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アートと社会をつなぐ挑戦!ポートランドで学ぶソーシャル・アート実践




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2025/5/31 11:30
【イベントレポート①】映像で紡ぐ人生の語りと共創の場 — “Our Video”という実践から

2025年5月29日、Jordan Schnitzer Museum of Art at PSU(JSMA at PSU)にて開催された「Beyond the Periphery: 2025 BFA/MFA Showcase」の一環として、MFA Art and Social Practiceプログラム修了予定のManfred Parralesさんによる作品『The Aging Well Project』の上映およびトークイベントに参加しました。
本作は、ポートランド北東部にあるThe Community for Positive Aging(CFPA)と、PSUのArt and Social Practiceプログラムとの協働により制作された、ソーシャル・プラクティスとしての映像体験(Social Practice Video Experience)です。CFPAは高齢者の自立とつながりを支援する地域団体で、本プロジェクトには同センターを通じて4名の高齢者が参加しました。
🎬 ソーシャル・プラクティスとしての映像体験
Manfred Parralesさんは、もともとテレビ業界や広告映像の分野で活動していた映像作家であり、従来の“映像芸術(video art)”や“映像制作(filmmaking)”の経験を豊富に持つ人物です。広告会社やテレビの現場で磨いた技術を出発点として、近年は「ノスタルジア(郷愁)」「移民」「孤独」といった社会的テーマを扱う詩的・非線形な映像作品(video art)を展開してきました。
当初、Manfredさんは本プロジェクトでも、そうしたアプローチを高齢者と共有し、「抽象的で実験的な映像作品」を制作する構想を抱いていました。しかし、プロジェクトが進行する中で、「アーティスト自身の表現」よりも「参加者の関心や語り」に重きを置き、計画を大きく方向転換します。結果として生まれたのは、参加者との協働を通して構築された「ソーシャル・プラクティスとしての映像体験(Social Practice Video Experience)」でした。
Manfredさんはこの変化について、「自分の美学を持ち込むのではなく、その場と関係性に応じて最善のかたちを選んだ」と述べており、映像を“記録”や“作品”として捉えるのではなく、“関係を育む手段”として再定義した点が本プロジェクトの最も特筆すべき点と言えるでしょう。
🎥 作品内容と参加者の語り
『The Aging Well Project』は、The Community for Positive Agingを通じて集まった高齢の参加者たちとManfred Parralesさんによる、約半年にわたる協働のプロセスを記録・編集した映像作品です。作品は、高齢者の日常や記憶を記録することにとどまらず、それぞれの語りが映像というメディアのなかで詩的に再構成されていく様子を描いており、インタビュー、日常の断片、風景、パフォーマンス的な要素などが織り交ぜられています。
登場する参加者たちは、それぞれ異なる文化的・社会的背景を持ち、自身の人生を振り返りながら「老い」や「時間の蓄積」について語ります。ある人は、岩石を磨く作業(rock tumbler)を老いのメタファーとして用い、「時間とともに磨かれ、内なる輝きが現れる」と語り、また別の人は、若い頃に出会ったアーティスティックな人々との記憶を振り返りながら、自身の変化の瞬間を語っていました。中には、自身の移民としての経験や、英語のアクセントに対する偏見を乗り越えて教員として働いた人生を語る参加者もおり、その言葉はまるで次世代へのエールのように響きました。
一方で、語りだけに留まらず、参加者が撮影や構成、演出にも関わっている点がこの作品の大きな特徴です。プロジェクト初期には緊張感や遠慮も見られましたが、対話を重ねる中で徐々に関係性が深まり、参加者自身が「どう映るか」ではなく、「何を伝えたいか」「どう関わりたいか」を模索していく様子が映像に刻まれています。
映像は線的なナラティブを避け、複数の声や時間が交錯するように構成されています。ひとつの完成された答えではなく、それぞれの語りが緩やかにつながりながら、老いをめぐる多層的な風景を描き出すような構造は、まさにアーティスト自身が語る「ソーシャル・プラクティスとしての映像体験」の実践であり、視聴者にとっても思考と感情の余白を残す体験となっていました。
💬 トークセッションと来場者との対話
上映後のトークセッションでは、Manfred Parralesさんと、プロジェクトに参加した2名の協働者が登壇しました。それぞれがこのプロジェクトに関わった経緯や感じたこと、制作を通じて得た気づきについて語り合う時間となりました。
登壇者のひとりは、「完成版を初めて観た」と語りながら、物語に込められた細やかな編集や構成の工夫に感謝を述べました。コロナ禍以降の孤立を経て、このプロジェクトが提供した世代間の対話の機会は非常に貴重だったとし、「年齢によって人をラベリングされることへの抵抗感」が、参加を決意する動機の一つだったことも共有されました。
また、移民としての経験を持つ登壇者は、自身が直面してきた言語的・職業的偏見を振り返り、「英語に訛りがあるから教師にはなれない」と言われた過去を語りました。それでも教職を成し遂げた自身の経験を、「だからあなたにもできる」と力強いメッセージとして観客に届けていました。
Manfredさんは、「これは自分の作品ではなく、“私たちの映像(Our Video)”」であると繰り返し述べ、ビデオ制作の技法を超えて「信頼を育むこと」「異なる声が響き合うこと」「時に対立や葛藤を受け入れること」が、このプロジェクトの核であったと語りました。
観客からは、「最初に思い描いていたビジョンと、完成した作品の違いは?」「参加者はこのプロジェクトに何を期待していたのか?」といった問いが寄せられ、登壇者たちは一人ひとり丁寧に応答していました。会場全体が、単なる鑑賞空間ではなく、「問い、聴き合う」共創の場として機能していたことが印象的でした。
プロジェクトを通じて、参加者同士の関係性も少しずつ変化していきました。
登壇者の一人は、「人をラベルで判断しないこと、そしてその前提として相手を知ろうとする姿勢の大切さ」を改めて実感したと語り、制作中にManfredさんからの依頼で“ラベリング”に関する文章を執筆し、グループ内で共有したことを明かしました。
実は彼女は、同じグループ内で意見がぶつかることもあった参加者から、「その文章は出版すべきだ」と思いがけない言葉をかけられ、大きな驚きと深い感動を覚えたといいます。
「本人には言っていなかったけれど、あの言葉には本当に動かされた」と語るその声には、関係性そのものが変化し、育まれていく過程がこのプロジェクトの本質であったことが静かに滲んでいました。
最後に彼女は、「このプロジェクトのように、一見小さく見えることの積み重ねが、世界を少しずつ変えていけるのではないか」と静かに、しかし力強く語りました。
🔚 まとめ|予測不可能な関係性と共創の力
『The Aging Well Project』は、あらかじめ構成された物語を映像にするのではなく、協働のプロセスそのものが作品となる、「ソーシャル・プラクティスとしての映像体験(Social Practice Video Experience)」でした。制作の過程においては、記憶の共有、異文化理解、対話のズレや再接続など、複雑な関係性の変化がありましたが、それらすべてが映像の深みとして反映されていたように感じます。
本プロジェクトは、Manfred Parralesという映像作家が、自らの映像表現を“関係のメディア”として再構築する実践であり、同時に、参加者一人ひとりが語り手・表現者として再び立ち上がる過程でもありました。老いや孤独といったテーマを、他者とともに見つめ直すことによって、そこに新たな意味やつながりが生まれていく――その過程を目撃し、参加することができたのは非常に貴重な経験でした。
ソーシャル・プラクティスにおいては、「何をつくるか」ではなく、「誰と、どのように関わるか」が問われます。『The Aging Well Project』は、その問いに対して一つの誠実な応答を示す作品であり、映像という形式がいかにして社会的実践の場となりうるかを、豊かに描き出すものでした。
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